2010年4月14日水曜日

阿久根市長へ。

開いた口がふさがりません、ブログ市長。

市長の指示で、給料を全額オープンにした貼り紙を
剥がした係長を懲戒免職にして、
訴えられて、敗訴したのに認めない、と。

まずは「法治国家」という言葉を考えてください。


市議会で、「おまえらとは話さん!」激昂して退出。

次に、「民主政治」について考えましょう。
市議を馬鹿にしているって、市長さ~ん、
市議さんは、有権者によって選出された、
市民の代表ですよ。
要は、市民を馬鹿にしていると?


更に。

「マスコミがいるから、市議会には出ない!」

ヒキコモリですが…。というか、被害妄想?


とどめに。

障害児を抱える保護者の方の苦労を述べたうえで、

「社会をつくるには命の部分に踏み込まないと駄目だ。
表現としては厳しいが、刈り込む作業をしないと全体が死ぬ。
壊死した足は切り捨てる。それで全体を生き残らせる。
情緒で社会を作ることはできない」と主張。

いやはや…。危険な思想ですね。

色々な思想を持つことは、もちろん個人の自由です。
しかし、首長という立場の発言で、
「弱いものは切り捨てなきゃイカン」

という趣旨の発言を、しかも公の場で、ですか…。



友達との酒飲み話なら、何を話してもかまいません。
公の立場で、この発言は人間性を疑われても仕方ない。

もっとも、こんな人とお酒を一緒に飲みたくもないですが。


自分が優れた人間という錯覚をして、
言いたい放題言って、やりたい放題やって、

首長という立場にありながら、
弱者切り捨て論を展開し、司法の決定を無視し、
あまつさえ、ブログで裁判官の否定をする。

言論の自由。

思想の自由。


まずは、自由について考えませんか?

自由って何してもいいってことではないです。
自由<公共の福祉 という不等式は、中学校で学びます。

要は、自分の自由のために他の人に迷惑をかけてはいけない。
他の人の心や体を傷つけてはいけない、ってことです。

そもそも、「自由」ってものすごく責任のあるものです。
義務を果たすからこそ、自由を主張できるのでしょう。

酷すぎます。言動がお粗末すぎます。不用意すぎます。


感情をコントロールできず、義務を果たさず自由を主張する。

「暴走族」と同じです。あなたは。


でも、生徒のみなさんは、もう一歩考えましょう。

この市長を選んだのは、市民です。
市長だけがこのことに関して責任があるわけではない。

だからこそ、政治というものを他人事として考えることなく、
常に「自分事」として考えなければいけません。

この市長は、自分の力で市長になったのではありません。
この人なら、現状を打開してくれるかも…、という
市民の甘い気持ちから、今の立場にいるのです。

常に、アクションをおこしましょう。
何か変だ、おかしいと思ったら、
発言しましょう。

問題を発見した人が解決する。
これしか、現状を打開する方法はないと思います。

そろそろ、〆ます。


阿久根市長、

公務員の高額な給料を人目に晒すなどしたことは、
評価できるとは思いますが、

個人を傷つける発言は、一個人ではない、
市長がすることはまずいでしょう。

市長のブログをもちろん拝見しましたが。
すごく頑張っているとは思いますが。

もう、市長としての仕事は終えられたと思います。

他人の批判は誰にでもできます。

議会が邪魔するから、とか、
マスコミが正確に伝えてくれないからだ、とか、

批判をする前に、もっとできることがおありでは?

弱者を切り捨てる?あなたは人を超越した存在ですか?
また、弱者を切り捨てるような存在を神とは言いません。

社会の弱体化を危ぶまれることは理解できます。
ですが、切り捨てない以外に本当に方法はありませんか?

言うだけ、批判するだけなのは卑怯なので。

自分なら、市の税収のみばかりでなく、
単純に収入を増加させる方法を考えますよ。

それこそ、資本主義社会なのですから。

近いうちに失職なさることは明白ですが、
ご自分からご退場いただきたいと思います。

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